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横浜地方裁判所 昭和45年(行ウ)15号 判決 1972年7月17日

原告

戸張達造

被告

神奈川県知事

津田文吾

右訴訟代理人

柳川澄

外二名

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

「被告が昭和四四年一二月二一日別紙物件目録記載の土地に対してなした農地法第五条による許可処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

二、被告

本案前の答弁として主文と同旨の、本案に対して「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、請求原因

一、別紙物件目録記載<略>の土地(以下「本件土地」という)は、もと原告らの被相続人である訴外戸張新助の所有であつたところ、同訴外人は昭和三二年三月二七日死亡したため、原告ら相続人は横浜家庭裁判所昭和三四年(家イ)第二五〇号遺産分割調停申立事件をもつて、同年一一月一一日本件土地を訴外戸張キンの所有とし、原告は無償で本件土地を耕作する旨の調停が成立した。

二、しかして、訴外戸張キンは、本件土地を訴外池田忠義に対し売却しようとしたところ、右土地は農地であるため、ここに右両訴外人は協議のうえ被告に対して、農地法第五条による宅地転用の許可申請手続をなし、被告は右申請に基づき、昭和四四年一二月二一日本件土地につき宅地転用許可の処分をなした。

三、しかしながら、右許可処分は次の理由により違法である。

(一)  原告は前記横浜家庭裁判所における調停以前より、ひき続き本件土地の耕作をしてきたもので、川崎市農業委員会高津駐在所の耕作台帳にも原告が本件土地の耕作者である旨登載されている。

(二)  しかるに訴外戸張キンは、右事情を知りながら訴外池田忠義とともに、宅地転用許可申請書および同添付書面に、本件土地東北部に私道が存するとする等虚偽の記載をなしたうえ宅地転用許可申請をなしたものであり、右申請手続は原告の耕作権を侵害し、かつ虚偽の記載によりなされたもので違法であるところ、被告の前記許可処分は右違法な申請手続に基づいてなされたもので、これまた違法たるを免れない。

(三)  さらに被告は、原告が本件土地を耕作している事実を調査せず、また本件土地上を二子千年線道路が通ることを川崎市により計画されているにもかかわらずこれを調査せず、さらに前記宅地転用許可申請書等の虚偽の記載を十分確かめることなく前記処分をなしたもので、被告の右処分は違法な処分である。

四、よつて原告は、被告のなした前記処分の取り消しを求める。

第三、被告の本案前の抗弁

一、原告の本件訴えは、農地法第五条の規定に基づく許可処分の取り消しを求めるものであるが、農地法第八五条の二によれば、本件訴えは行政不服審査法による審査請求の裁決を経た後でなければ提起することができないにもかかわらず、原告は右裁決を経ずに本件訴えを提起したものである。よつて本件訴えは不適法として却下さるべきである。

二、さらに原告は、被告のなした前記処分のあつた後の昭和四五年四月ころ神奈川県庁に来庁し、被告の右処分に対して口頭による陳情を行つており、また同年五月一八日には、神奈川県知事宛内容証明郵便による陳情をなしている。しかるに本件訴えは昭和四五年九月五日提起されたもので、原告が被告のなした処分を知つた時から三ケ月以上経過している。

よつて本件訴えは行政事件訴訟法第一四条第一項の規定により不適法として却下を免れない。

第四、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項中、申請に基づき、昭和四四年一二月二一日本件土地につき宅地転用許可処分をなしたことは認め、その余の事実は不知。

三、第三項中(一)の事実は認める。(二)および(三)の事実は否認する。

訴外戸張キンは原告の母であり、原告主張の耕作権とは、親族関係を基礎として成立する利用関係で、事実的、道義的なものと考えられる。たとえ原告に、所有者から独立した耕作権があるとしても、それは遺産分割により被相続人から取得したものではなく、遺産分割の結果所有者となつた訴外戸張キンとの使用貸借契約によつて取得したものであるから、農地法第三条による県知事の許可がなければ有効に発生しないにもかかわらず、許可された事実はない。

第五、本案前の抗弁に対する原告の答弁および主張

一、原告の本件訴えが行政不服審査法による審査請求の裁決を経ないでなされたものであることは認める。

しかしながらその理由は次のとおりである。

(一)  原告は昭和四五年三月二七日、耕作のため本件土地に赴いたところ、本件土地が原告不知の間に丸太置場となつていたため、直ちに川崎市農業委員会高津駐在所に行き耕作台帳を閲覧し、事情を聞きとり、善処方を尋ねたところ、同所係員は書類等が神奈川県庁に行つているので県庁に行けというのみで十分教えもせず、さらに原告が川崎農業委員会に行き本件土地に関し相談した際にも、同委員会係員は、前同様県庁に行けというのみで手続き等を教えなかつた。

(二)  その後同年四月初めころ、原告は、神奈川県庁に前記処分について陳情に行つた際、農地調整課第二転用係の係員に陳情の書式および手続等を尋ねたところ、どのような書式でもよいと教えたので、同年五月一八日被告に対し、内容証明郵便にて右処分の取り消しを求めた。

(三)  同年八月三日被告より原告に対し右処分の取り消しをしない旨通知があつたので、そのころ、県庁に行つたところ、はじめて行政不服審査法等を説明してもらつたがすでに審査請求すべき期間は経過していた。

以上のとおり担当係員でさえも審査請求の手続について十分な知識がないのであつて、原告がこれを知らないのは当然であり不知のためこれをなさなかつたとしても、原告には審査請求を経ないことにつき正当な理由があり、本件訴えは適法である。

二、本件訴えが、原告が前記処分を知つた時から三ケ月経過後に提起されたものであることは認める。

しかしながら原告は昭和四五年六月三日、本件訴えと同趣旨の訴えを提起したが、被告を神奈川県農業委員会右代表会長兼知事津田文吾としたため、右表示の行政機関が存在しないことにより右訴えを取り下げた事情があり、昭和四五年八月三日被告から原告に対する前記通知を受けた後、県庁に行き、誰を被告とすべきか尋ねたところ、はじめて教えてもらつたものである。

以上のとおり、原告の出訴期限の不遵守はやむをえなかつたものであつて本件訴えは適法である。

第六、証拠<略>

理由

一、本件訴えの適否について判断することとし、まず被告の本案前の抗弁の一につき検討する。

(一)  本件訴えは農地法第五条の規定に基づく許可処分の取消を求めるものであるが、行政事件訴訟法第八条第一項但書および農地法第八五条の二の規定によれば、本件訴えは行政不服審査法による審査請求に対する裁決を経た後でなければ提起できないものであるところ、本件訴えが右審査請求の裁決を経ずに提起されたものであることは当事者間に争いがない。

(二)  そこで原告は審査請求に対する裁決を経なかつたことにつき行政事件訴訟法第八条第二項第三号の「正当な理由」があつたと主張するのでこの点につき判断する。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(1)  原告は昭和四五年三月初めころ、耕作のため本件土地に赴いたところ、本件土地が丸太置場になつていたので不審に思い、直ちに横浜法務局溝ノ口出張所に行つて、本件土地の登記簿を閲覧し、川崎市農業委員会高津駐在所に行つて駐在員から事情を聞いて、本件土地が訴外戸張キンより訴外池田忠義に売却され、被告が本件土地につき宅地転用許可の処分をなしたことを知つた。

(2)  原告は右高津駐在所に行つた際、駐在員に善処方を尋ねたところ、書類が川崎市農業委員会に行つているから同委員会へ行けと言われ、同委員会に行つたところ、書類は神奈川県庁に行つているから県広へ行けと言われ、右いずれの場合も行政不服審査法の審査請求については何ら教示されなかつた。

(3)  原告は同年四月ころ神奈川県庁農地調整課に赴き、同課職員に対し、被告が前記許可処分をするに際し、本件土地の耕作者である原告に通知をしなかつた理由を問い質すとともに、前記処分に異議がある旨を被告に陳情する場合の方法を尋ねたところ、右職員はどのような書式でもよいから陳情書を出すように教示した。

そこで原告は、同年五月一八日、前記処分の取り消しを求める旨の陳情書を被告に郵送した。

(4)  右陳情書に対し、同年八月三日、神奈川県知事室長より前記処分の取り消しはしない旨の回答がなされたので、原告が右回答に納得できず、再度県庁へ赴いた際、農地調整課職員よりはじめて行政不服審査法による審査手続について教示された。

しかしすでに右審査請求をなすべき期間が経過していたので、原告はやむなく同年九月五日本件訴えを提起するに至つた。

(三)  以上の認定事実によれば、原告は審査請求の手続について知識がなく、行政庁において右手続を教示しなかつたために、行政不服審査法に定める審査請求をなさなかつたのであるが、単に右のことによつては、行政事件訴訟法第八条第二項第三号にいう「正当な理由」があるということはできない。

しかしながら、原告が被告に郵送した前記陳情書は、行政不服審査法第五八条第一項の不服申立書と認められる余地があり、もしこれが適法な不服申立書と認められる場合は、その後の事情により前記「正当な理由」を肯定しうると思われる。

すなわち、前記認定の如く、原告は昭和四五年四月ころ神奈川県庁農地調整課において前記処分の不服申立ての方法について教示を求めたのであるから、同課職員としては、行政不服審査法第五七条第二項に掲げる事項を教示すべきであつたのに、これを教示せず、書式は何でもよいから陳情書を出すように言い、原告はこれに基づいて前記陳情書を提出している。行政庁において前記教示すべき事項を教示しなかつたのであるから、右陳情書は前記不服申立書と認められる余地があり、仮に適法な不服申立書であるとすれば、行政不服審査法第五八条により、適法な審査請求があつたものとみなされ、被告は右陳情書をすみやかに審査庁に送付すべきであつて、これをしないまま自ら実質判断をした本件の場合は、審査裁決を経た場合と同視しうるから、前記「正当な理由」があるということができる。

そこで前記陳情書が不服申立書として適法か否かを検討するに、右陳情書は、原告が前記処分を知つた日の翌日から六〇日を経過した後に提出されたものであるから、行政不服審査法第一四条第一項但書きの「やむをえない理由」がある場合以外は審査請求期間を徒過した不適法なものといわざるをえないのでこの点について考察する。

右の「やむをえない理由」とは、本条項が「天災その他」を例示していること、および旧訴願法第八条第三項において「行政庁ニ於テ宥怒スヘキ事由アリト認ムルトキ」は受理できると規定され、救済の可否が行政庁の主観に流れやすかつたのを改めて、救済すべき場合を客観的、画一的にするために定められたものであることからすれば、一般人に通常期待される程度の注意をもつてしても避けることのできない客観的な事由と解すべきである。

本件は原告が審査請求の手続を知らず、行政庁もこの点を教示しないまま審査請求期間を徒過したもので、結局法の不知に基因するものであり、行政庁において誤つた請求期間を教示した場合とは異なり、これを一般人に通常期待される注意をもつてしても避けることのできない客観的な理由があつた場合とは認め難い。

なお、行政不服審査法が審査請求期間徒過に対して宥怒の制度を採用せず、救済しうる場合について「やむをえない事由」という客観的な基準を定めていることからすれば、前記陳情書を被告が受理し、実質判断をしたとしても審査請求期間徒過の瑕疵が治癒されたということはできない。

結局前記陳情書は適法な不服申立書とは認め難く、従つて、前記「正当な理由」があるということはできない。

二、以上の如く、本件訴えは行政不服審査法による審査裁決を経ずに提起された不適法なものというべきである。

よつて、原告の本件訴えは不適法であるからその余の点について判断するまでもなく、却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 山田忠治 伸家暢彦)

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